おだやかな毎日を綴ります。おだやかでない時も正直に。       


by koko_blanca
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私のいるところ



12月12日土曜日はあの子の命日でした。
18年6ヶ月と5日生きて
去年この日に虹の橋に渡りました。


12日はお花を買って来ようと思ったのに、
朝から具合が悪くなり出掛けられませんでした。
13日になんとか近くのスーパーに行って
隣接するお花屋さんで日本水仙を買って来ました。
それしかめぼしいものがなかったからですが
なんだかとても良い香りだし
小さく可憐で静かな花もあの子の様で
今は良かったと思っています。



夫はもう忘れている様です。
12日、命日のことは話さなかったのですが、
メールで小さいお花が欲しいと伝えました。
でも、買ってきてはもらえませんでした。
彼はどんどん前に進んでいるのでしょう。
責める気持ちはまったくありません。
感謝してもしきれない程、
当時はあの子に尽くしてくれました。
それに、彼があの子と一緒に居た時間と
私が一緒に居た時間とでは
あまりにも違い過ぎるのでした。






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パソコンの前に写真を飾っています。
ちゃんとした写真でフレームに入れたものではなく、
カラープリントで簡易的にピンで壁につけてあります。
写真の整理をしてちゃんとプリントしてと思うのですが、
泣いてしまって出来ません。
この子の写真は未だにこれしか見ることが出来ません。
これだってまともには見られず
涙が溢れます。


3年と4ヶ月あった介護の日々の後半くらいからは、
食べられなくなったあの子に、
私の指で無理にごはんを食べさせていました。
強制給餌というものです。
短期間ではなく長い間続けました。
可哀想だけれど、食べて体力をつけなければと、
食べさせなければその後に飲ませるサプリメントが
効かないからと、
食べたらなんとかなるだろうと、
そう思ってやっていました。
だから今はあの子が好きだった缶詰でも
食べ物を供える気持ちになれません。
もう何も食べたくないだろう、
食べ物を見るのも嫌だろうと思うからです。


最後の最後まで無理をさせました。
そして取り返しがつかない事までしました。
介護で疲れて自分を追い詰めてしまい、
それ故に、あの子も追い詰めてしまいました。
もっと優しく、もっと静かに、
送ってあげることは出来なかったか、
それが一番の私の望みのはずだったのに、と
後悔と懺悔の気持ちしかありません。





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あなたが悲しんでばかりいると
亡くなったその子も悲しむよ、とか
その子はそんな悲しみに暮れたあなたを望んでいない、とか
色々沢山教えてもらうのですが、
そうだろうか.. と思います。
そうかもしれない.. とも思います。
でも自分でもどうしようもないのです。
慰めてくれる心優しい人達には
こんな私で本当に申し訳ないと思っていますが
私の今いるところはまだここみたいです。


あの子の元気だった頃や楽しかった思い出を
どうしても思い出すことができないのです。
思い出すのは、
今でも夢に見るのは、
辛く長過ぎた介護の日々や、
具合悪そうなあの子の顔です。


今は早くあの子のいる
虹の橋に行きたい気持ちばかりの日々です。
あの子は虹の橋で私を待っていてくれるかしら。
きっとあの子のことだから
ぼんやり私を待っていて
酷いことをした私を怒るかもしれないけれど
嫌って近寄らないかもしれないけれど
すぐに許してくれて
許してくれなかったとしても
病気や苦しいことも何もなくて
元気なあの子の側に
ただ居るだけでいい
あの子がこっちを見たら
「ごめんね」って謝って
何度も謝って
近くに居てあの子を見ているだけでいいのです。
それだけでとても幸せです。



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by koko_blanca | 2009-12-15 00:15 | koko